強度の一定した持続

グレゴリー・ベイトソンは「プラトー」という語を、きわめて特殊なものを指すのに用いている。すなわち、さまざまな強度の連続する地帯、みずからの上に打ち震え、何かある頂点へ、あるいは外在的目標に向かうあらゆる方向づけを回避しつつ展開される地帯である。ベイトソンが実例として引いているのはバリ島文化であり、そこでは母子間の性的な戯れ、あるいは男同士の喧嘩はあの奇妙な強度の膠着状態を経由する。「一種の連続した強度のプラトーがオルガスムにとって代わっている」、戦争にあるいは頂点にとって代わっているのだ。
ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ『千のプラトー 資本主義と分裂症』

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です